本 谷 右 俣
(横尾→南岳)
残された槍・穂高の楽園コース
   だけども捻挫一つが命取り!〜
  初めに・・・

まず最初に、ここは初心者向けのコースではありません。
自称・上級登山者向けの登山道などは存在しないバリエーションルートです。
登山に関する総合的な実力と判断力そして体力を兼ね備えた人向きのコースであることを
まずご承知ください。
ひとつのガイドラインとして槍・穂高へ大キレット通過を含めて5回以上、
そのうち2回は「連れられ登山」ではなくて自分で計画・立案して入山していること。
これを最低限度のガイドラインとして自分で体力・技術・判断力に自信のある人なら
来れるんじゃないかな?と示しておきましょう。

とはいえ、全然むつかしいところではありません。
それどころか、楽しくて楽しくて仕方がない、「こんなところがまだ槍穂にあったのか!?」
と目からうろこが落ちるようなところです。
まさに楽園という言葉がピッタリ!
だけど、ちょっと転んで捻挫した…
助けを頼もうにも通る人なんてめったにいない、もちろん携帯電話も通じない谷底です。
捻挫一つが死活問題になりかねない、そんな危険をはらんだ場所であるということは
覚悟して来る必要はあります。

槍・穂高に通いなれた人であれば一度は耳にしたこともあるのがこのコースでしょう。
でもここに関する文献は2〜3あるのみでいまいち実態が把握できないので行って見る気になれない。
そんな人たちにと作ったのがこの本谷パーフェクトガイド。

自称・槍穂通の人はぜひチャレンジしてください。

なお、南岳小屋および私個人はこのコースについての問い合わせは一切受け付けません。
くれぐれも小屋へ電話をかけてきて、「私でも行けるかしら?」なんて聞かないように。
そんな時はなにも言わずに電話切りますから。
こんなに詳細な案内を作ったのだから、あとは地図や写真を穴が開くほど見つめて自分で考えてください。
それができる人のみが来ることのできる山です。

このページを読む人なら必ず通っているであろう、横尾から涸沢へいたる道。
そこが本谷への入り口です。
ちなみに横尾から本谷橋付近を歩いている時に屏風岩との間に流れている沢を
「涸沢」と勘違いしている人はいませんか?
この沢こそが本谷です。
涸沢なんかは南岳から流れる本谷のただの支流でしかないことをご確認ください。
さて、横尾を出発してしばらくすると横尾岩小舎跡付近から真正面に南岳が
ドドーンと見えてきます。
普段は槍・穂高のほかのピークに紛れてその存在が薄れる南岳も
この岩小舎跡と新穂高温泉側の穂高平牧場付近からだけは立派に見えます。
横尾から小1時間もあるけば本谷橋に到着です。
通常ならば休憩ポイントですが、本谷に行く場合はそそくさと通過しましょう。
下手に他の登山者と会話をして「どちらまで?」なんて聞かれると説明が
面倒なばかりか、何も知らない登山者が後を付いてくる来るなんて
ことになると困ります。
ここでは橋を渡らずにそのまま沢の右側の河原を歩きます。
昔の涸沢へ至る登山道の跡や目印・ロープなどがまだ残っていますが、
途中で崩落している箇所も多いのでよっぽどの増水時以外はその道は
無視をして河原を歩いたほうが楽です。
(旧登山道を利用しなければいけないような増水時は中止にするのが賢明です
     たぶんそんな時はこの先の二俣付近で撤退を余儀なくされますから)
本谷橋を過ぎて適当なところで沢の左側に渡っておいたほうがあとあと楽に
歩けるので留意しておくといいでしょう。
本谷橋からしばらくは広い河原を歩きます。
自分が歩きやすいと思って歩いているところが「道」です。
涸沢出合までは基本的に沢の左側を歩いたほうが歩きやすいでしょう。
その後は適当に右に左に沢を飛び越えながら歩けばいいでしょう。
なお、涸沢はその名の通り涸れている沢なのでもしかすると気づかずに
通り過ぎるかもしれません。
本谷橋から20〜30分ほど行った場所でガレ場が左手から合流してくる
ところが涸沢出合です。緊急時の避難路としてチェックはしておきましょう。
このあたりは不安定な石が多いので浮石に乗ってこけたりしないように
くれぐれもご注意を。
涸沢出合からさらに30分ほど行くと二俣に到着です。
標高2050m、ここからが本番です。
これまでの沢沿いにまっすぐ登るのが右俣、
左手から合流するのが左俣です。(⇒の画像)
左俣についてはまだ取材が完了していませんが、
過去の資料で簡単に作りました。
こちらをご参考に⇒。

ここで休憩をしたら沢の左側へ渡って、
いよいよ右俣へと分け入って行きます。
二俣からは沢の左側を登りますが、ここからは沢の幅がグンと狭くなります。
場所によっては少しへつるようなところもあります。
またここから先の岩は水コケでとても滑りやすいので慎重に足を進めてください。
このあたりで自分の力量に不安を覚えたら引き返すほうが賢明でしょう。

二俣から10分ほど行くとこんな滝が出てきます。
さすがにこれを行くのは困難なのでここは滝の手前で右側に渡りましょう。
そうすると右側にある大岩の陰にザイルがフィックスしてあるので、
ここではこのザイルを使わせていただきます。
上記の滝を越えると再び沢の幅が広がります。
ここからは再び楽しい沢歩き、危険な箇所もなくノンビリと登っていきましょう。
振り返るとさっきまで見上げていた屏風岩が次第に同じ高さに近づいてきます。
しばらくはこんな穏やかな沢が続きます。
なお、この辺りの岩は水コケで特に滑り易いのであまり気を抜きすぎないように。
また、夏の初めはまだこのあたりは雪渓が残っています。
スノーブリッジやクレバスには十分気をつけてください。
しばらく行くと徐々に傾斜がきつくなり、こんな滝が現われます。
頭上にいよいよ南岳の稜線が見えてくるのが目印です。
ここは滝の右側を高巻きましょう、別にむつかしくはありません。
そしてこの滝を越えると・・・
これまでの谷底歩きから風景が一変して一気に空が広くなります。
本谷カールの核心部です。
これまでの急流はせせらぎへと変わり、目の前には南岳と横尾尾根の
スカイラインがカールを取囲むように展開します。
感じとしては黒部五郎岳のカールに似てますね。
槍穂の別天地・残された楽園と言っても過言ではないでしょう。
このあたりは黄金平(こがねたいら)とも呼ばれ、広々とした気持ちの良いところです。
昔の幕営跡などがありますが、地主(森林管理署)の認めるキャンプ指定地では
ありませんので、無断での幕営・ゴミの放置などは厳に謹んでください。
このせせらぎは5分ほどの登りで本谷の水源に達して、
いつしか水の流れも消えていきます。
次に目の前に現われるのがモレーンの樹林帯(ナナカマド・ハイマツ・ダケカンバ)
ここをどう攻略するかがポイントになります。
一応、道らしきものはあるのですがそれを初訪の人に発見するのは至難の業でしょう。適当に進んでも5分ほどの藪漕ぎでモレーン上に到達できるのですが、
なるべく植生を痛められたくはないのでヒントを与えておきましょう。(⇒⇒)
この道らしきものもハッキリとはしてないので途中で藪漕ぎを強いられるかも
しれませんがなるべく樹木を痛めないようにお願いします。
モレーンを越えるといよいよ本谷カールのカール底に到着です。
夏の初めならまだ広い残雪が残り、その周りに咲き乱れる高山植物。
秋ならば素晴らしい紅葉の楽しめるところです。
ゴールも近づいてきたので、ここはゆっくりと時間を取って独り占めの景色を
満喫してください。

紅葉時の様子は昨年10月3日の記録でご覧になれます。(⇒)
カール底からは両サイドのハイマツ帯(モレーン)の間のくぼ地(夏なら雪渓・
 それ以降はガレ場)を北のほうへまっすぐ進めばいいでしょう。
目標は目の前の横尾尾根のコル(鞍部)です。
ただしガスってしまって尾根が見えないときは注意が必要です。
間違って変な方向へ進むと、最後の最後で進退窮まるような事態に陥ります。
地図とコンパスでしっかりと方向を見定めて、また右の画像をプリントして実際の
地形と比べながら進んでください。
 ※ルート攻略のヒント!(⇒)※
またコルへ突き上げる最後の急斜面はけっこう急なガレ場で落石を誘発しやすいので複数人で行動する時は上の人の落石に注意しながら間隔を開けて歩いたほうがいいでしょう。
最後にコルへ突き上げればまたまた景色が一変し、
氷河公園の向こうにそびえる槍ヶ岳が迎えてくれます。
バリエーションルートの旅はこれで終わり。
あとは一般登山道と合流して南岳なり天狗原へ向かってください。
詳細はそちらの方を参考にしてください。

お疲れ様でした!

  編集後記

本谷…、本当に良いところです。
その魅力は前述の通り。
よく他の小屋の人からも「本谷の道を整備すればいいのに、南岳も客増えるよ」と言われます。
確かにそうだろね。
でも登山道開設なんてそんな簡単なことじゃない。
役所の許認可も必要だし、金も時間もかかる。
そして誰がその作業をやるのか!?
仮に道ができたとしても今度はその維持も大変です。
槍沢一ノ俣から常念小屋に通じる道が15年ほど前の台風で壊滅的な被害を受けて、
その後修復されることなく現在に至っている経緯をみればわかるように、こういう幹線的な登山道以外の道を維持するってのは並大抵なことじゃありません。

それよりなによりやっぱりこの谷は今のまま静かに残したい。
それがやっぱり一番かな。
ちゃんと道を作って猫も杓子も来られるのもねえ・・・
槍穂に通って、この山域のことを熟知しているからこそこの谷の素晴らしさを分かってもらえると思うし。
半面、この谷の素晴らしさをもっと多くの人に知ってもらいたいというとも思う。
そんなわけでこの種のガイドを作るのが積年の大願だったわけです。

この秋以降、これまでの静けさを打ち壊すことのない程度で徐々にここへ足を踏み入れる人が
増えるといいなあ。
でもくれぐれも遭難事故だけは起こさないでください。

ちなみに右俣・左俣に通算で20回ほど歩いていますが、人に遭ったことは一度もありません。