明治26年  陸地測量部が前穂高岳に初登頂、明神側から(2週間後にウエストンも登頂)
明治45年  ウエストンが岳沢から奥穂高岳南稜を登る。
大正14年  今田重太郎氏が白出のコルに穂高小屋(現・穂高岳山荘を建設する)
昭和26年  今田重太郎氏が前穂高岳から岳沢へ下る重太郎新道を完成させる。
昭和31年  上條親人氏が岳沢ヒュッテを開設。
昭和33年  大雪により岳沢ヒュッテが倒壊、上條岳人氏が後を継ぎ再建する。 
平成18年  年初の大雪による雪崩で岳沢ヒュッテが全壊
 4月、岳沢ヒュッテオーナー上條岳人氏が事故により他界。
平成21年  槍ヶ岳山荘グループが再建に着手
平成22年  夏、開業予定

昭和26年、岳沢から前穂高岳への登山道のうち、一枚岩の難所を避けた2kmの新道を造る。前穂との分岐点にテントを張り、5歳の紀美子を遊ばせて道作りをした。後に「紀美子平」と呼ばれる。 
穂高岳山荘刊 「天空の輝き」より  
 

 岳沢ヒュッテオーナー 上條岳人さんの若かりし頃
          
                    写真提供 : 上條様



往時の岳沢ヒュッテ / 写真提供 : 愛知県 山本様

往時の岳沢ヒュッテ / 写真提供 : 岐阜県 中村様

雪崩による倒壊後、仮小屋で売店営業を行う岳沢ヒュッテ
/ 写真提供 : 東京都 中村様

2008年、売店営業も休止して更地となった岳沢ヒュッテ跡
/ 写真提供 : 大阪府 古庄様

2009年秋の基礎工事につづき、
2010年春から建設工事が始まりました
岳沢小屋は2010年8月初旬、開業の予定です。