| 大正11年創業 (1922年) |
| 現在、豆菓子を中心に30種類余りの製造・販売を行っています。 |
|
|
| 当時は焙煎機械も2台で1回分の生産量も少なく現在とは異なる |
| 往復運動の非能率的な機械でした。燃料は現在の「ガス」とは違い |
| 「コークス」を使っていた為、火力を一定>に保つことが大変でした。 |
| 現在では機械も大型化し生産効率も上がり、安定したガス燃料のため製品の |
| 出来上がりが安定しています。 |
| 大正後期〜昭和初期は「大豆・えんどう豆」などが主流でしたが、 |
| 現在は「落花生・大豆・木の実」などが主流になっています。 |
![]() |
|
| 【昭和8年頃の東京分店ヌガー工場】 |
| 松本で豆菓子、東京(荒川区日暮里)でヌガー(飴)を |
| 製造していた頃の工場内包装室風景 |
| 当時はすべて手作業でヌガーを紙に包んでいました。 |
| 甘いお菓子が飛ぶように売れて、従業員が一日中包装作業をしても |
| 間に合わない状態が続いたそうです。 昔が懐かしいですね |
![]() |
![]() |
| 【昭和12年頃 松本でヌガーの宣伝活動風景】 |
![]() |