地震後の仙台 2011年3月18日
29回生 板井清英さん 仙台子供病院
【3月18日】■■■■■■■■■■■■■■■■■■
メールで皆さんから多くの励ましを頂き、大変感謝しております。
長野こども病院勤務の同級生、中村友彦くんからも新生児の患児支援に
関して連絡を頂きました。
通信手段が途絶えていて、浜君とは昨夜ようやく連絡が取れました。
家族も犬も含めて元気ですが、大学の研究室は壊滅的だそうです。
金井君とは連絡取れませんが、仙台市街地にいるため、おそらく無事で
あると思います。
私の勤めている宮城県立こども病院は免震・耐震構造になっており、震度6でも、ゴチャゴチャの医局の本棚はびくともしませんでした。建物は一部の損傷のみで済んでおり、地盤と
建物の造りは重要と実感しました。
病院にガスはほとんど供給されていませんがは昨日より秋田県から電力をもらっていて、制限あるものの手術も1列のみ可能です。昨日は小児外科で緊急手術が
ありましたが、
緊急以外の定期手術は当分できそうもありません。
薬剤や医療用の物資も不足していて、通常通りの外来診療もおこなえません。
オーダリングシステム(診療支援システム)も動かせず、こういうときは紙カルテがないと診療になりません。
当院では紙のカルテの運用があってとても助かっております。
各病院で急速に導入されつつある電子カルテは電気のない災害時には全く役に立ちません。
病院にはガスも来ておらず、患者さん、御家族の食料備蓄も1週間分程度です。
市内は復旧しつつありますが、沿岸部の町は破滅的で短期間での復旧は不可能です。
被災された患者さんたちは沿岸部や仙台市街地より西の方へ外れた当院にはほとんど来院しておりませんが、当院で出生したばかりの生後9日目の児が、沿岸部の自宅に帰ってすぐに溺死にて死亡確認のため来院しました。
当科に通院中の患者さんも沿岸部に多く住んでおり、安否の確認はできません。
テレビの映像にもあるように、沿岸部の市町村は壊滅的で、短期間での復興は不可能です。避難民も数十万人います。
医師の仲間の多くも、沿岸部の病院で勤務していたり、当日臨時の手伝いに行っており、安否はわかりません。
私が過去に臨時で勤務したことのある志津川公立病院(南三陸町)も水没している画像が流れていました。
通信手段は震災当初、固定電話はダメで、携帯もダメ、インターネットもダウンしました。
ようやく昨日以来、携帯、インターネットが回復しましたが、病院の固定電話はダメで、
周辺の病院とは密接な連絡が取れず、直接行き来しては情報を得ています。
そのため病院どうしの連携がまったく出来ずにいます。大規模災害にも影響されない確実な通信手段の確保が必須です。
また、相澤病院も含めて災害派遣医療チーム(Disaster Medical
Assistance Team、通称DMAT)が100チーム以上東北地方に来て災害医療に携わってくれています。
幸い家族は元気ですが、食料や燃料、ガソリンもほとんど無く、移動が困難です。
地震発生以来、炊き出しのおにぎりとパン、お菓子くらいで生活しております。
家では3日間懐中電灯とロウソクで照明を確保していました。電池やロウソクも大事です。
こういう時のために日頃の備蓄が大切であると再認識されました。
このような状況ですが、幸い元気にはしております。家族や職場や周囲の人々と協力し気力を保って復興に向けて望みたいと思っています。
|