地震後の10日間  松本・長野県の医療界と個人の状況  2011.03.21 杉山敦医師



1.発災直後に信州大学病院はじめ県内災害拠点病院病院から派遣された11チームのDMAT(災害派遣医療チームDisaster Medical Assistance Team)は4-5日の活動を終えて帰還しています。津波による災害なので無事な方と溺死したかたがはっきり分かれ、DMATの活動は限られたようです。

2.次はいわゆる亜急性期の医療支援です。放射線科医のチームが住民の被爆の有無除洗の必要性判定のため派遣されたり、病院や救護所を支援する医療チーム(JMAT: 日本医師会災害医療チームは19日現在全国33チーム)が出発しています。松本市医師会でも若手の外科系開業医が信州大学病院チームに参加者してでかけています。

3.松本市医師会は週初めから義援金を集め始めました。杉山は現在とりまとめ役の立場ですので、趣意書原稿を書き、理事会決済をとり会員通知して申し込みを集計しています。来週初めに日本赤十字社に持って行く(一千万円に少し届かないくらいは集まりそう)予定。義援金は直接被災現場に関わらない人にとっては最も役に立つ支援法でしょう。

4.個人では、家内の父母と弟夫婦娘2人が茨城県水戸市在住です。津波の被害は受けず、ライフラインも回復して無事ですが、原子力発電所の事故が終息せず避難が必要となった場合は松本を避難場所にするよう話し合っています。自宅の布団の数を数え直しました。この義弟は日本原子力研究開発機構(昔の原子力研究所)に勤務しており東海村に通っています。研究畑で放射性物質を直接扱う分野でない仕事(量子ビーム研究部門、何度聞いても今ひとつ何をしているのか分かりません)をしています。今回の事故については「放射性物質は管理区域外にわずかたりとも出さないという原則が崩れ、技術的には大きな問題であるが、報道内容は必要以上に危機感をあおっており残念。冷静に議論して欲しい」が彼のコメントです。

5.松本市医師会と松本市は災害時医療救護活動マニュアルを四年前につくり、訓練などをもとに22年度一年をかけて改訂作業を進め、今回の大震災の2日前にVer.2が完成したところでした。阪神淡路大震災以来、医療界はずっと大地震対策を考え続けています。杉山はVer.1の医師会側実務責任者でしたし、今回は「災害対策本部機能」の改訂担当でした。医療者が直接参加する災害対策本部、市内22カ所に作る医療救護所、病院の機能分担、透析や在宅酸素治療患者などの災害時要援護者対策、などがマニュアルの要点です。松本には津波はないわけですが、今回の震災の被害のあまりのすさまじさに「これはマニュアルの想定を越えており、太刀打ちができないかもしれない」と胃が痛くなる思いでいます。

4.日々の診療は続き3月20日(日)は緊急当番医でした。在宅で診ている患者さんの中にはがん終末期で先週から麻薬での疼痛管理をはじめたばかりのかたもおり、松本をはなれられない状況です(災害現場に直接出動できないことのいいわけです)。

5.地震後メンタルに変調をきたしたり、おさまっていた心臓神経症の症状(動悸や胸苦しさ)が出た方が何人かおられます。治療と会わせて「情報を得ることは必要ですが、テレビ報道を見続けないで、スイッチを切る時間を作りましょう」とアドバイスしています。また、インフルエンザはいわゆる新型(A型パンデミック2009)の流行はおさまりましたが、現在B型が7割、A香港が3割くらいの比率で再び流行しています。避難所にまん延しませんように。皆様ご注意下さい。