懇親会 美ヶ原温泉「翔峰」で3時間半、盛り上がりました。
卒業30周年の夜                         
碓井 広義
 畳敷きの大宴会場を、百数十名の男女が埋めている。各人の前にお膳が置かれているのだが、のんびり箸を伸ばす者は皆無だ。みんな勝手に席を移動し、あちこちで5〜6人が輪になって、夢中で話をしている。しばらくすると誰かが立ち上がり、誰かが加わって、また無数の新たな輪が出来る。歓談のざわめきに混じっているのは、乾杯するグラスの音と笑い声だ。高校卒業30周年を記念しての同窓会は、まるで元気なアメーバの活動風景のようだった。
 卒業当時18歳の少年少女たちも48歳。毎年クラス会を開いている組もあるが、これだけの数の同期生が一堂に会することは滅多になかった。中には、まさに30年ぶりに見る顔も多い。そんな場合は、お互い、胸に付けた名札が頼りだ。名前から記憶を辿り、高校の廊下を闊歩していた、当時のやんちゃな顔が浮かんでくれば、ひと安心となる。
 困るのは、既に酔っているのか、名札を外したり落としたりした面々だ。「お、久しぶり!」と言いながらも名前が出てこない。誰だっけ、生物の時間に一緒だったかな、などと思いつつ、「で、どうよ? 最近は」とジャブを繰り出し探りを入れる。「零細企業は大変さ」の答えから、最近独立して自分の事務所を構えた旧友の情報を頭の中で“検索”にかける。現在、松本在住か東京かも問いながら、ヒントを探す。空白の30年を埋める作業は、結構スリリングだ。
〈男子〉の変化で一番多かったのは肥満化、いや、恰幅がよくなったことだろう。私もそのクチだが、体重が「この10年で10?増」なんてのは序の口で、着ぐるみの中に本人が入っているとしか思えない猛者もいた。勿論、〈女子〉も等しく幾星霜を経てそれなりの年輪は見えるが、男たちと比べて、とにかく元気だ。よく飲み、よく話し、よく笑う。街を歩けば「素敵なミセス」と言われるであろう彼女たちも、ここでは瞬時にして18歳に戻っていた。いや、それは違う。戻ったのではなく、ずっと内部にいたのだ。女性に限らず、私たちの中には十八歳や二十八歳の自分が常にいて、48歳の今の自分を形作ってくれている。その重なり具合が様々で、誰と話しても面白い。みんなの十年後、二十年後も見てみたいと思った。
一方、この30年で7人の仲間を失ってしまった。いい奴ばかりだ。この日、手渡された記念文集には彼らを追悼する文章が並んでいて、添えられた写真は若い頃のまま。グラスを持つ手を止めてじっと見ていると、「やあ、元気でやってるかい?」「ちょっと無理してないか?」・・そんな声が聴こえてきそうだ。そっと返答する。「多分、人間は出来ることしか出来ないから、少ししんどくても、やれている間は大丈夫だと思うんだ。でも、これからは気をつけるよ」。
胸の中でそんなやりとりをしていると、司会者から名前を呼ばれた。はっと振り向くと、シメの話と五本締めをやれという突然の指名だ。三時間を越える宴も、場所を変える時間だった。会場にいる仲間たち、仕事の都合などで来れなかった仲間たち、そして七人の仲間たちの「卒業30年」を祝うべく、残りのビールを飲み干し、勢いよく立ち上がった。