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珍しく風邪をこじらせた。何故かはわかっている。日頃の養生法である「無為自然」を逸脱したからだ。
人生の秋の「林住期」に入り、ジェット機からグライダーに乗り換えたように緩やかに暮らしはじめると、それまでエンジンの轟音にかき消されていた大自然の囁きが聴こえてきて、さまざまな気づきをもたらしてくれた。とりわけ「身体という自然」に漲る叡智に魅せられて、私はそれまでになく素直に身体の声に耳を澄ますようになったのである。
聡明な身体は微かな異変や不穏な気配をいち早く察知して「休め」とか「飲むな」とか教えてくれるので、それに従っていれば間違いがない。
しかし多少なりとも社会人として活躍するからには、仕事の責任のために、身体の声に逆らわなければならないことがあり、今回もそうだった。そして結局は十日間も棒に振り、いまだに声も出せないまま襤褸切れのようにベッドにへばり |
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ついている。やはり身体の声は神の声なのだと、改めて思い知らされた。
そしてその「神」は、警告や助言だけでなく、積極的な癒しのルーツもいろいろ用意しておられるようだ。私の場合は、気功を通じてそれに気づきはじめた。
十五年くらい前、ひどい肩凝りに悩んで或る中国人気功師を訪ねた私は、彼の掌から繰り出される見えない糸に自由自在に操られて動き回るという不思議な体験に茫然とした。
さらに数日後には、自分の家でも、目をつぶって心身の力を抜くだけで五体がひとりでに動きだし、私の意思とは全く関係なくさまざまな運動を展開するようになった。およそ体操や踊りぐらい苦手なものはない私にとっては驚天動地の事態だが、ともかくすこぶる気持ちはいいし、肩凝りもどんどん軽快していく。
その様子をビデオに撮って客観的に観察してみると、自分では思いもつかない複雑な動きだが、全ては螺旋とメビウスの輪からなっていて、一動作を左で九回、右で九回繰り返す左右対称の動きが、一刻も止まらず全身をなめらか |
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に移動していき、最後に両掌が腹に重なり右に九回左に九回ゆっくりと回る。そして胸に合掌し深く一礼して終るのだ。時計を見ていたわけでもないのにぴったり一時間である。気功法の本を買って見てみると、腹の上で掌を回すのは「収法」といって気を丹田に収める動作だそうである。他の動きの多くも、それぞれもっともらしい名前がついて紹介されているが、私が事前にそれを知るよしもなく、これはあくまでも身体の自発的な動きなのである。こういう運動は自発動功といって気功の世界では別段珍しいものではないらしい。
もう一つ、丹田にできた暖かい玉がやおら動き出してまず会陰部に降り、さらに斜め後ろの尾骶骨に移り、それから脊椎をよじ登っていき、そこでかなり苦労してなんとか首を通り抜けると顔に入り、眉間では花火のように七色の光を咲かせたりしてから登頂に抜け、額と鼻筋を滑り降りて口に入り、直滑降で丹田に戻るというツアーがしきりに繰り返されていることに気づいた。
取り敢えず「玉転がし」と名づけて、その快い感覚を楽しんでいたが、これは「小周天」といって気が経絡の基幹部を一周する動きだそうである。
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自発動功にしろ小周天にしろ、心身の力を抜いてお任せさえすればサムシング・スマートがいつも巡回して、しかるべくメインテナンスして下さるという感じで、こんな有難いことはない。それで「無為自然」に安住して病気知らずの私だったが、好事魔多しというべきか、五年程前に事故でひどい鞭打ち症を背負いこんでしまった。
以来、自発動功も小周天も様変わりし、以前のように全身を満遍なくカバーしてくれることは少なくなり首の周りに偏在している。私の首は、ほっておけばいつもメビウスの輪を描いてぐるぐると動き続けているのだ。人前でそれでは困るから意識的に止めているのだが、その間は中でごうごうと気がのたくりまわるから、これもかなりうっとうしい。鞭打ちを癒そうというお志なのだろうが、正直なところいささか閉口して、主治医の神サマにご相談する機会をうかがっているところなのである。 |
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きりしま ようこ◎1937年東京生まれ。1965年から文藝春秋で9年間、ジャーナリズム修行ののち、独立して海外を放浪。従軍記者としてヴェトナムの戦場にも赴く。1970年に愛と冒険の青春紀行「渚と澪と舵」で鮮烈にデビュー。1972年にはアメリカ社会の深層をえぐる衝撃の文明論「淋しいアメリカ人」で第三回大宅壮ーノンフィクション賞を受賞。以来、マスメディアの第一線で幅広く活躍するかたわら、未婚のまま、桐島かれん(モデル)、ノエル(エッセイスト)、ローリー(写真家)の三姉弟を育て上げる。料理ブームのさきがけとしてベストセラーとなった「聡明な女は料理がうまい」や、女性の自立と成熟を促した「女ざかり」シリーズをはじめ、すべて実体験にもとづく育児論、女性論、旅行記などはその斬新な発想と痛快な迫力で幅広い世代の人気を集めた。
50歳で子育てを卒業するとともに、「林住期(人生の収穫の秋)」を宣言して仕事を絞り、カナダのヴァンクーヴァーに居を構えた。晴耕雨読の暮らしを楽しむ一方、環境問題にコミットし、また気功を通じてスピリチュアリズム、ホリスティック医療などへの関心も深めている。年の3分の1は日本へ戻り、時事トピックスをグローバルな視点で語るコメンテーターとして、日本のニュース番組などにも出演している。
主な著作:「渚と澪と舵ー我が愛の航海記」、「淋しいアメリカ人」、「聡明な女は料理がうまい」、「マザーグースと三匹の子豚」、「大草原に潮騒が聴こえる」、「家族になるものこの指とまれ」(以上、文春文庫)、「女がはばたくとき」、「女ざかりの美学」「女ざかりからの出発」、「ふり向けば青い海」(以上、角川文庫)、「林住期が始まる」、「見えない海に漕ぎ出してー私の神探し」、「林住期を愉しむ」(以上、海竜社)、「魔女のホウキに乗っかって」(子供たちとの合作世界旅行記)、「ガールイエスタディ」、「聡明な女は体を磨く」(以上、フェリシモ出版)、「いつでも今日が人生の始まり」(大和書房)、「女が冴えるとき」(グラス社)、「残り時間には福がある」(海竜社)、「マザーグースと三匹の子豚たち」(グラス社)、「骨董物語」(講談社)。
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